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金融×テクノロジーへの挑戦

運用資金が1兆円でも1億円でも、使う数式は同じ。テクノロジーの力を使えば、富裕層でなくとも世界水準の資産運用ができるようになるはず。

アメリカで「長期・積立・分散」の資産運用を25年続けた妻の両親の資産は、日本にいる自分の両親の資産の10倍でした。その差に衝撃を受けた柴山は、働く世代が資産を運用できるツールを日本で作れないかと思い立ちます。

コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーで働き始めて4年目の2014年秋、オーストリアで世界中から幹部候補を集めた合宿が開かれました。アルプスの山奥で3人ひと組になり、このままコンサルタントとしての道を極めたいのか、ほかに進みたい道があるのかをテーマに、5日間ディスカッションを続けました。

合宿の最終日、私はマッキンゼーの仲間たちを前に宣言していました。「日本の個人投資家向けに、オンラインのウェルスマネジメント(資産運用)サービスを作り、まずは預かり資産を1兆円にする」――。いちばん最初に思い描いたこの目標を、その後も変わらず持ち続けることになりました。

マッキンゼー時代、柴山はノーベル賞理論に基づくアルゴリズム(数式)などを駆使しながら、資産規模10兆円の機関投資家をサポートしていました。

「アルゴリズムそのものは公開されていて自由に使える。テクノロジーとアルゴリズムを組み合わせれば、一般の人でも世界水準の資産運用ができるようになる」。日本でそう話すと皆が共感してくれるのですが、ITに詳しいパートナーはなかなか見つかりませんでした。

自ら手を動かして作る

ある企業のCTO(最高技術責任者)に相談をしに行った別れ際、「スーツはジーンズの敵。いかにもマッキンゼーの人という格好では、エンジニアは一緒にやってくれませんよ」と忠告されました。すぐにジーンズを買ってはいてみたものの、ポケットに入れたスマートフォンが青くなる以外に変化は起こりません。

ジーンズをはくという行為そのものではなく、ジーンズをはいてモノづくりの世界に飛び込むことが重要なのだ。そう考え、マッキンゼーの日本支社長だったジョルジュ・デヴォーに相談すると、「金融の世界でイノベーションを起こすならプログラミングは必須。ボストンに留学している私の娘にもプログラミングを学ぶことを勧めている」と背中を押してくれました。

柴山は渋谷のプログラミングスクールの門をたたき、ひと月かけて、個人投資家を対象とした資産運用サービスのプロトタイプを完成させました。

財務省やマッキンゼー時代の激務とはまったく異なる苦難の連続でした。

ほんのひと月の経験で言うのはおこがましいですが、コンマひとつ、スペースひとつ間違うだけで動かないのがプログラミングの世界です。私はまったくの初心者でしたから、1時間で直そうと思っていた課題が1日かけても直らないといったことはザラでした。

不思議なもので、あれほどパートナー探しに苦労したのに、プロトタイプを作り始めると周りの同級生や講師がどんどん手伝ってくれるようになりました。私が1日苦労していた課題が、講師にかかれば数分で解決できてしまう。彼らの助けも借りて、いくつかの質問に答えると資産運用のシミュレーションが出るというプロトタイプを作りました。

プロトタイプのURLをベンチャーキャピタルに送ったことがきっかけで、最初の出資が決まりました。出資は日本経済新聞の小さな記事になり、その記事をきっかけに、金融業やITのプロフェッショナルたちが集まってきてくれたのです。

プログラミングスクール「TECH::CAMP」に関わる経営者たちと

いま提供しているサービスはプロのエンジニアが手掛けたもので、私の作ったプロトタイプをはるかに超えて進化しています。それでもアイデアを出すだけでなく、自ら手を動かしたことには大きな意義がありました。

エンジニアの苦労や喜びを、少なくとも部分的には理解できるようになったこと。エンジニアの集合知を心からリスペクトできるようになったこと。チームができ、その一員として認められたこと。こうした原体験が、モノづくりを軸とするウェルスナビの組織作りにつながりました。

プログラミングスクール「TECH::CAMP」に関わる経営者たちと

柴山は15年4月にウェルスナビを創業。16年7月、「長期・積立・分散」の資産運用を全自動で行うロボアドバイザーサービス「ウェルスナビ」を一般向けにリリースしました。同年9月には金融庁が「リターンの安定した投資を行うには、投資対象のグローバルな分散、投資時期の分散、長期的な保有の3つを組み合わせて活用することが有効である」と表明したのです。

麹町のオフィス(当時)での業務は、机を組み立てるところから始まった

「長期・積立・分散」は資産運用の王道とされています。10年以上の長期にわたって、景気やマーケットの動向に関係なくコツコツと、リスクをコントロールしながらバランスよく投資する手法です。

ウェルスナビは長期の国際分散投資を目的としたサービスで、リリース当初から自動積立の機能を備えていました。政府が日本での普及に本腰を入れ始めた「長期・積立・分散」の資産運用を自動的に実現するかたちでウェルスナビはスタートしたのです。

仲間、テクノロジー、資金。すべてのファクターがそろったことで、ウェルスナビは時流に乗り始めました。

麹町のオフィス(当時)での業務は、机を組み立てるところから始まった