民間の医療保険やがん保険への加入を検討するなら、まずは公的医療保険(健康保険)でどこまでカバーされるのか確認するのがおすすめです。
公的医療保険だけでも必要最低限の保障はあります。不足する分だけを民間の保険で補うようにすれば、保険の入りすぎを防いで、毎月の保険料を安く抑えられるでしょう。
この記事では、公的医療保険ではどんなときにいくら受け取れるのか、おもな給付内容について解説します。
目次
- 公的医療保険の保険給付の種類と恩恵は?
- 5種類の公的医療保険とは?
- 公的医療保険が使えないケースは?
- 実際に負担する医療費を計算してみよう!
- 公的医療保険のみでは不足する部分を自助努力でまかなおう
公的医療保険の保険給付の種類と恩恵は?
日本は「国民皆保険」として、国民全員が公的医療保険に加入する仕組みになっています。公的医療保険に加入している(保険証を持っている)なら、以下のような給付を受けられる可能性があります。

上図のようにさまざまな給付があり、公的医療保険だけでも最低限の安心は得られるでしょう。それぞれの給付がどんな内容なのか、詳しく見ていきましょう。
【療養の給付】保険証の提示で医療費の窓口負担が1~3割になる
医療機関の窓口で保険証を出すと、医療費の自己負担が1~3割で済みます。病院や診療所での診察料や治療費、調剤薬局の薬代などの負担を抑えられるでしょう。
「療養の給付」というと聞き慣れないかもしれませんが、内容は公的医療保険(健康保険)のメリットとしてよく知られているものです。
なお、自己負担の割合は、年齢や所得に応じて以下のように決まっています。

自治体によっては「子どもの医療費は無料」など、上記より手厚い独自の支援策を実施しているところもあります。
【高額療養費制度】月々の医療費負担を抑えられる
自己負担は1~3割で済むとはいえ、治療内容や通院回数などによっては、それでもなお重い負担がかかります。そんなときに役立つのが「高額療養費制度」です。
高額療養費制度は、医療費の自己負担が1カ月あたりの限度額を超えたときに、超えた分が「高額療養費」として支給される制度です。限度額は年齢や所得によって異なりますが、たとえば69歳以下であれば以下のとおりです。

詳しい計算方法は後述しますが、たとえば年収300万円の人が保険適用の治療を受ける場合、1カ月あたりの自己負担の上限は5万7,600円が目安です。
実際には、入院時の食事代や差額ベッド代など高額療養費の対象にならない出費もありますが、それでもかなりの負担減になるでしょう。
なお、高額療養費はいったん窓口で負担して、あとから申請して払い戻しを受けるのが基本です。ただ、事前に手続きすればもらえる「限度額適用認定証」か、「マイナ保険証」を提示することで、窓口での支払いを高額療養費の上限額までに抑えられます。
【傷病手当金】病気やけがで働けない場合に受け取れる
病気やけがで仕事を休んだときは「傷病手当金」を受け取れる可能性があります。
傷病手当金には働けない間の生活を保障する役割があり、給料の3分の2程度を通算1年6カ月まで受け取れます。
ただし、自営業者など国民健康保険(国保)の加入者や任意継続被保険者(在職中から傷病手当金を受け取っていた場合を除く)には、傷病手当金がありません。また、業務や通勤など仕事に起因する病気やけがは「公的医療保険(健康保険)」ではなく、より手厚い「労災保険」の対象となります。
傷病手当金を受け取れるのは、病気やけがで仕事に就けない状態になり、連続する3日間を含み4日以上休業した場合です。4日目以降、休業した日に対して支給されますが、勤務先から給与が支払われている日については支給されません。
休業開始後の連続する3日間は「待機」の期間とされます。有給休暇や土日・祝日であっても待機に含まれます。以下のような考え方でカウントされているため、注意が必要です。

【入院時食事療養費】入院時の食費に対する給付がある
入院している間の食事代の一部は、公的医療保険(健康保険)から支給される入院時食事療養費でまかなわれます。そのため、患者の自己負担は厚生労働大臣が定めた「標準負担額」が上限となります。
【入院時食事療養費の標準負担額】
分類 | 負担額 |
---|---|
一般の方 | 1食につき 460円 |
難病患者、小児慢性特定疾病患者の方(※1) | 1食につき 260円 |
住民税非課税世帯の方 | 1食につき 210円 |
住民税非課税世帯の方で過去1年間の入院日数が90日を超えている場合 | 1食につき 160円 |
住民税非課税世帯に属し、かつ所得が一定基準に満たない70歳以上の高齢受給者 | 1食につき 100円 |
※1:住民税非課税世帯を除く
【海外療養費】申請により海外でかかった医療費の一部の払い戻しが受けられる
海外渡航中に急に現地の病院にかかった場合でも、保険が適用されます。「海外療養費」という制度があり、帰国後に申請すれば一部医療費の払い戻しを受けられます。
海外療養費の【対象になる】ケース | 海外療養費の【対象にならない】ケース |
---|---|
・日本国内で保険診療の対象になっている医療行為 | ・治療を目的とした海外渡航 ・日本国内で保険適用外の医療行為(※1) |
支給金額は、日本国内で同じ治療をした場合にかかる治療費をもとに決められます。そのため、海外で高額な治療費がかかった場合は、支給金額が少ないと感じるかもしれません。
なお、海外療養費は、民間の海外旅行保険に加入していて保険金を受け取れた場合でも減額されず、通常どおり支給されます。
【出産育児一時金・出産手当金】子どもが生まれたときに受け取れる
出産したときは公的医療保険から「出産育児一時金」が支給されます。支給額は2023年4月に引き上げられ、原則として子ども1人あたり50万円になりました。産科医療補償制度に加入していない医療機関で出産した場合や、妊娠週数22週未満で出産した場合は48.8万円です。
また、会社員などが加入している健康保険では「出産手当金」も受け取れます。原則として出産日以前42日から出産日の翌日以降56日までの範囲内で、仕事を休んで給与の支払いがなかった期間を対象として、給料の3分の2程度が支給されます。
自営業者などが加入している国民健康保険には、出産手当金はありません。
なお、自然分娩は健康保険の対象外なので、全額自己負担です。しかし、帝王切開などの医療行為があった場合は保険が適用されるため、3割負担かつ高額療養費制度の対象にもなります。
出産費用の支払いが難しい人向けに、無利子でお金を借りられる「出産費貸付制度」もあります。
【埋葬料/埋葬費】本人・家族が亡くなった場合に支給される
本人が亡くなったとき、家族など埋葬を行った人に埋葬料(埋葬費、葬祭費)が支給されます。
加入している健康保険によって多少差がありますが、5万円までの範囲で、火葬料や僧侶への謝礼など実際に埋葬にかかった費用が支給されるのが一般的です。
扶養に入っている家族が亡くなったときに、本人が受け取れる場合もあります。
5種類の公的医療保険とは?

公的医療保険(健康保険)にはいくつかの種類があり、人によって加入している制度が違います。おもな公的医療保険は以下の5種類です。
制度名 | おもな対象者 | 保険料負担 |
---|---|---|
国民健康保険 | 自営業者、年金生活者 | 全額自己負担 |
全国健康保険協会(協会けんぽ) | 中小企業の会社員 | 労使折半(※1) |
健康保険組合 | 大企業の会社員 | 労使折半(※2) |
共済組合 | 公務員 | 労使折半(※3) |
後期高齢者医療 | 75歳以上の人 | 年金から天引き(原則) |
※2:勤務先と本人の負担割合は組合によって異なる。事業主の負担割合が50%以上
※3:勤務先と本人で半分ずつ負担
自分が加入している制度を知りたいときは、保険証を見てみましょう。「○○健康保険組合」など、発行者(保険者)の名称が記載されているはずです。
加入している制度によって、保障内容が違います。たとえば、上述の「傷病手当金」や「出産手当金」は、国民健康保険や後期高齢者医療にはありません。
また、健康保険組合などでは、上述の公的医療保険の基本的な給付内容よりもさらに手厚い独自の保障を付加していることがあります。たとえば高額療養費の自己負担の上限は、年収が高いと1カ月あたり数十万円にのぼる可能性もあります。健康保険組合によっては「年収に関係なく月2万5,000円まで」「自己負担額の1/2相当額を付加給付」などと独自制度が定められていることがあります。
いざというときに困らないために、自分や家族の公的医療保険ではどこまで守られているのか確認しておきましょう。それによって、自力でどこまで備えておくべきかも変わってきます。
自営業など保障が手薄な場合は自力で十分な保障を準備する、大企業の会社員などすでにある保障が手厚い場合は、民間の保険への加入を最小限にする(もしくは加入しない)ことで保険料を抑えるなど、自分にあった備えをしましょう。
公的医療保険が使えないケースは?
公的医療保険は無条件でいつでも適用されるわけではありません。公的医療保険が使えないと高額な医療費がかかる可能性があるため、注意が必要です。
公的医療保険が使えない代表的なケースを紹介します。
一部でも自由診療を選択すると医療費は全額自己負担になる
公的医療保険が使えるのは、保険診療(安全性や有効性が確認され、保険適用と認められている治療法)だけです。たとえば、まだ保険診療になっていない最新の治療法を試す場合などは、保険適用外なので全額自己負担になります。
また、保険診療と保険外診療(自由診療)を同時に受けることを混合診療といいますが、これは原則として禁止されています。そのため、もし混合診療となった場合は、たとえ自由診療がほんの一部だけだったとしても全体として自由診療とみなされ、全額を自己負担することになります。
ただし、以下のような例外があります。
- 評価療養……今後、保険診療とすべきかどうか評価すべき段階の療養。先進医療など。
- 選定療養……時間外診療、大病院の初診、歯科の金合金など。
保険診療とあわせて評価療養や選定療養を受けた場合、そのときの医療費の一部が公的医療保険から「保険外併用療養費」として給付されます。

※保険給付に係る一部負担については、高額療養費制度が適用されます。
入院時の食事代や差額ベッド代、消耗品費は健康保険適用外
病院の窓口で請求される費用だとしても、治療のために必須ではないものや医療費ではないものなどは保険が適用されませんので注意しましょう。
たとえば、入院時の食事代や差額ベッド代、入院のために購入した消耗品などは、すべて保険適用外です。これらは高額療養費の計算にも含めることができないため、負担が重くなっても軽減措置を利用できません。
実際に負担する医療費を計算してみよう!
実際のところ、医療費はいくらくらいかかるのか、どれくらいの自己負担になるのか具体的に見ていきましょう。
がん治療の入院日数は平均19.6日
厚生労働省の調査をもとに、平均的な入院日数や1人あたりの医療費はどれくらいか見ていきましょう。
「患者調査(2020年)」によると、平均入院日数の平均は32.3日でした。年齢ごとに見ると、以下のとおりです。

グラフからわかるとおり、年齢が上がるにつれて入院日数が長くなる傾向があります。
おもな病気やけがの平均入院日数は以下のとおりです。
【傷病分類別の平均入院日数】
疾病分類 | 平均入院日数 |
---|---|
感染症及び寄生虫症 | 23.7日 |
がん(悪性新生物) | 19.6日 |
┗胃がん | 22.3日 |
┗乳がん | 15.4日 |
精神および行動の障害 | 294.2日 |
循環器系の疾患 | 41.5日 |
┗脳血管疾患 | 77.4日 |
妊娠、分娩および産褥 | 7.5日 |
骨折 | 38.5日 |
重篤な症状が出たりリハビリを必要としたりすることが多い傷病は、入院が長引きやすい傾向があります。
「医療給付実態調査(令和2年度)」によると、入院時にかかった費用の平均は以下のとおりです。
医療費 | 自己負担(3割) | |
---|---|---|
全体 | 57万7,263円 | 17万3,179円 |
感染症及び寄生虫症 | 48万5,357円 | 14万5,607円 |
がん(悪性新生物) | 69万8,860円 | 20万9,658円 |
┗胃がん | 65万6,166円 | 19万6,850円 |
┗乳がん | 59万2,376円 | 17万7,713円 |
┗悪性リンパ腫 | 102万1,226円 | 30万6,368円 |
┗白血病 | 169万1,806円 | 50万7,542円 |
精神および行動の障害 | 40万6,227円 | 12万1,868円 |
循環器系の疾患 | 76万4,326円 | 22万9,298円 |
┗脳血管疾患 | 72万510円 | 21万6,153円 |
妊娠、分娩および産褥 | 26万7,494円 | 8万248円 |
骨折 | 64万9,561円 | 19万4,868円 |
上記の調査では、がんの場合、医療費は60~100万円(自己負担は20~50万円)程度になっていることがわかります。
約7割の人が2週間以内に退院している
精神疾患やアルツハイマー病など年単位での入院も珍しくない疾患もあります。一方で、前述の調査によると、全体の7割近くの人が2週間以内に退院しています。特に、若い世代の入院期間は短い傾向にあります。
1日あたりの自己負担額は平均約2.1万円
生命保険文化センターが行った「生活保障に関する調査(2022年度)」によると、過去5年間に入院したことがある人は16.7%でした。その直近の入院の際の自己負担額を尋ねたところ、平均で「1日あたり2万700円」でした。
この金額には、治療費・食事代・差額ベッド代に加え、交通費(見舞いに来る家族の交通費も含む)や衣類、日用品費などが含まれています。また、高額療養費制度が利用できる場合は、利用後の金額としています。
平均的な収入の人の場合、入院1回あたりの自己負担額は総額10~20万円程度
高額療養費制度を利用した場合、自己負担額がどれくらいになるのか計算してみましょう。
例として、協会けんぽ(全国健康保険協会)に加入している年収500万円の人ががんの手術を受けるために1週間入院し、保険適用の治療だけで100万円の医療費がかかったとします。
この場合、健康保険の負担割合は3割(窓口負担)、高額療養費制度も利用できます。

上図のとおり、1カ月あたりの自己負担の上限を計算すると「8万7,430円」になります。
ただ、先述のとおり、差額ベッド代や入院中の食事代などは高額療養費に含まれません。それらを加味すると、自己負担額は10~20万円程度になる場合が多いと考えられます。
個室を選択して高額の差額ベッド代がかかる場合や、長期入院の場合はより多くのお金が必要になる可能性があります。高額療養費はあくまで「1カ月あたり」の上限なので、入院期間が月をまたぐと、短期間の入院であっても自己負担が2カ月分(2倍)になってしまいます。
公的医療保険のみでは不足する部分を自助努力でまかなおう

公的医療保険(健康保険)を利用すれば、手術や入院などの費用負担を抑えることができます。「窓口での支払いを3割に抑える」以外にもさまざまな保障がついていることを知っておきましょう。
民間の医療保険やがん保険への加入を検討する場合は、まず公的医療保険や貯蓄でまかなえないか考えましょう。それでも足りない分だけ民間の保険で補うようにすると、支払う保険料を必要最低限に抑えられます。
想定される自己負担額程度の資金が準備できない場合のみ少額の掛け捨ての保険で備えるなど工夫すると、毎月の保険料を抑えつつ過不足なく備えを確保できます。