生命保険の加入を検討するなら、その前に社会保険(公的保障)について知っておくことが大切です。現時点でどれくらいの備えがあるのかわかっておかないと、新たにどれくらい準備すべきか判断できないからです。
この記事では、国が用意している社会保険(医療保険、介護保険、年金保険、労災保険、雇用保険)や、企業が用意している保障について解説します。正しく知ることで、過不足のない保障を準備できるようになりましょう。
目次
- 社会保険とは?
- 生命保険に加入する前に知っておきたい社会保険の保障内容とは?
- 企業保障について確認しておくべきポイントは?
- 私的保障を考えるうえで事前に確認しておくべきポイントは?
- 公的保障や企業保障を補完する目的で私的保障を考えよう
社会保険とは?
保険は、病気・けが・失業・死亡など、もしものときに本人や家族が困らないための仕組みです。
保険というと、民間の保険会社が提供している生命保険などが最初に思い浮かぶかもしれません。しかし、国が運営している「社会保険」もあります。
民間の保険は入りたい人だけ任意で加入するものですが、社会保険は一定の条件を満たした人には加入が義務付けられています。
社会保険には、以下のような種類があります。
【日本の社会保険制度】

本記事では、上記の5つをまとめて「公的保障」とし、民間の生命保険など個人が自分で加入する保険は「私的保障」としています。
生命保険に加入する前に知っておきたい社会保険の保障内容とは?

生命保険などを活用して私的保障を準備するにはコストがかかります。すでにある社会保険(公的保障)の内容を理解して、重複や過度な加入を避け、無駄を省きましょう。
社会保険の種類ごとに、どんなときにどの程度の保障を受けられるのか解説します。
万が一の治療費の負担を軽減する『公的医療保険』
病気やけがなどで医療費がかかるときに役立つのが、公的医療保険(健康保険)です。日本は「国民皆保険」(全ての人が公的医療保険に加入し、全員が保険料を支払うことでお互いの負担を軽減する制度のこと)のため、すべての国民が健康保険に加入することになっています。
病院の窓口で保険証を提示すると支払い額を1~3割に抑えられますが、これは健康保険に加入しているからです。ただ、健康保険にはそれ以外にもさまざまな保障があります。
【健康保険の種類と保障内容】

上の表のとおり、加入している健康保険によって受けられる保障が異なります。自分や家族がどれに該当するのか確認しておきましょう。
高額療養費制度によって自己負担限度額を超えた医療費の払い戻しが受けられる
高額療養費制度とは、多額の医療費を自己負担したときに、一定の金額を超えた分が支給される制度です。この「一定の金額」は、本人の収入や年齢などによって変わります。
目安としては、69歳以下で年収500万円ほどの人の場合、実際にかかった医療費が100万円だとしても、1カ月の自己負担額は8万7,000円程度に抑えられます。同じく69歳以下で年収300万円ほどの人なら、5万7,600円が上限になります。
さらに、上限に達する回数が多い人など向けに、さらに負担を軽減する仕組みもあります。
具体的な金額や計算方法は、以下の記事で詳しく解説しています。
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高額療養費制度では通常、いったん窓口で高額な医療費を立て替えて支払い、加入している健康保険に申請後、払い戻しを受けることになります。申請してから実際に支給されるまで、少なくとも3カ月程度かかるので注意しましょう。
限度額適用認定証またはマイナ保険証の利用で窓口での支払いを抑えられる
「高額療養費制度を利用できるけど、窓口でいったん大きな金額を支払うのが難しい」「支給まで3カ月も待てない」という人もいるでしょう。そんなときは、医療費が高額になりそうだとわかった段階で、あらかじめ手続きを行って負担を抑える方法もあります。
入院前などのタイミングで、加入している健康保険に申請しておくと「限度額適用認定証」を入手できます。限度額適用認定証を病院の窓口で提示すると、そこでの支払い額を高額療養費制度の1カ月の上限までに抑えられます。
また、マイナ保険証を提示して「限度額情報の表示」に同意することでも、同様の効果があります。
会社員・公務員は休業補償として傷病手当金を受け取れる
会社員や公務員などの場合、病気やけがで働けないときは傷病手当金を受け取れます。
傷病手当金の金額は「休業前の給与の3分の2程度」が目安で、受け取れる期間は支給開始日から通算して「1年6カ月まで」です。
傷病手当金を受け取るには、以下の4つの条件をすべて満たしている必要があります。
- 業務外の事由(仕事以外の理由)による病気やけがで休業する
- 仕事に就くことができない
- 連続する3日間を含み、4日以上仕事に就けなかった
- 休業した期間中、給与の支払いがない
傷病手当金は「体調不良でしばらく休まないといけないけど、有給休暇が使えない」といったときなどに、経済的な不安をやわらげるのに役立ちます。
老後や障害状態時、遺族の生活を支える『公的年金』
20歳以上60歳未満のすべての人が加入する「国民年金」、会社員や公務員の人が加入する「厚生年金保険」、両者をあわせて「公的年金」と呼んでいます。
公的年金に加入していればどのような保障を受けられるのか解説します。
加入期間や賃金等に応じた年金を受け取ることができる
老後に継続して受け取れるのが「老齢年金」です。加入期間などの条件を満たせば、国民年金に加入している人は「老齢基礎年金」、厚生年金に加入している人は「老齢厚生年金」の受給対象になります。
原則として、老齢基礎年金は保険料を納めた期間、厚生年金保険は加入期間や賃金に応じて受け取れる金額が決まります。
【2023年度の年金額(67歳以下の場合)の例】(※1)
・自営業者など老齢基礎年金(20歳~60歳まで40年間保険料を納めた人)…月額6万6,250円
・会社員/公務員と扶養内の配偶者老齢基礎年金+老齢厚生年金(平均的な収入・夫婦2人分)…月額22万4,482円
年金額は個人差が大きいため、自分の場合はいくらくらいか確認しておくのがおすすめです。厚生労働省の「公的年金シミュレーター」で簡易的な試算ができます。
ちなみに、2023年度の国民年金の保険料は月額1万6,520円、厚生年金の保険料は月収の18.3%(勤務先と折半のため自己負担は9.15%)です。
万が一障害を負った場合の保障がある
公的年金は「老齢年金」だけではありません。病気やけがなどの影響で障害が残ったときに受け取れる「障害年金」もあります。障害年金も、国民年金の加入者が受け取れる「障害基礎年金」と厚生年金の加入者が受け取れる「障害厚生年金」の2種類にわかれています。
【障害年金】

※金額は67歳以下(1956年4月2日以後生まれ)の場合(2024年4月以降)
※3級の最低保障額は年間61万2,000円(1カ月あたり約49,700円)
上の表のとおり、障害基礎年金と障害厚生年金とでは、対象となる障害の重さも受け取れる金額も異なります。
障害基礎年金を受け取れるのは1級もしくは2級だけですが、障害厚生年金は3級でも受け取れます。また、3級未満でも、障害手当金(一時金)を受け取れる可能性があります。
配偶者や子への遺族保障がある
本人が亡くなってしまったときに家族が受け取れるのが「遺族年金」です。遺族年金にも、国民年金加入者が対象の「遺族基礎年金」と、厚生年金加入者が対象の「遺族厚生年金」の2種類があります。
【遺族年金】

※金額は67歳以下(昭和31年4月2日以後生まれ)の子のある配偶者の場合(2024年4月以降)
※1 年齢などの制限があります。
介護サービスにかかる費用負担を軽減する『公的介護保険』
公的保障には、介護が必要になったときに役立つ「公的介護保険」もあります。公的介護保険は40歳以上の人に加入が義務付けられています。
介護サービスを1~3割負担で利用することができる
公的介護保険では、訪問介護などの介護サービスを1~3割負担で利用できます。
65歳以上の加入者は要介護状態または要支援状態になったとき、40~64歳の加入者は末期がん・関節リウマチなど加齢に起因する疾病(特定疾病)によって要介護(要支援)状態になったときに対象になります。
40~64歳の人の自己負担の割合は1割ですが、65歳以上の人は本人や家族の収入に応じて1~3割のいずれかになります。

※出典:柏市「介護保険サービスの利用者負担割合」より当社作成(2024年6月1日))
在宅サービスなどを利用する場合は1カ月の支給限度額(利用できるサービスの量)が決められていて、超えた分は自己負担になります。
最も軽度の「要支援1」だと月額5万円(週2~3回のサービス相当)、最も重度の「要介護5」だと月額36万円程度(1日3~4回のサービス相当)が目安です。
自己負担額が高額になったときは、別途「高額介護サービス費」や「高額医療・高額介護合算療養費」などの負担軽減措置が利用できます。
民間の介護保険には一時金タイプと年金タイプのものがある
公的介護保険とは別に、民間の保険会社が提供している「介護保険」もあります。混同されやすいですが、内容は異なるので注意しましょう。
まず、公的介護保険は40歳になったら加入の義務がありますが、民間の介護保険は任意で年齢に関係なく加入できます。
また、公的介護保険は介護サービスの利用料の負担を軽減するものですが、民間の介護保険は保険会社が定めた介護状態になったときに契約時に決めた金額を受け取るものです。お金の使い道は自由な場合が多いので、介護用品の購入や介護のためのリフォーム費用などのほか、生活費などに充てることも可能です。
なお、民間の介護保険には一括でお金を受け取れる「一時金タイプ」と分割で受け取れる「年金タイプ」があり、それらを組み合わせた契約プランもあります。
労働者のための『労働者災害補償保険・雇用保険』
労働者の保護や雇用の安定のための公的保障が「労働保険」です。労働保険はさらに「労働者災害補償保険(労災保険)」と「雇用保険」の2種類に分かれます。
労働保険の対象は法律上の「労働者」、つまり、正社員やパート・アルバイトなど雇用されている人です。自営業者や個人事業主などは原則として加入できません。
仕事中・通勤中のけがや病気は労災保険から給付を受けることができる
労災保険は、仕事が原因の病気やけがに見舞われたときに給付を受けられる制度です。労働者を1人でも雇用している事業所には加入の義務があり、保険料は事業主(勤務先)が全額負担することになっています。
【労災保険の給付内容】
労災認定を受けた場合に下記の給付金が支給されます。
- 療養(補償)給付:無料で治療が受けられる
- 休業(補償)給付:休業4日目から給与の8割を支給
- 障害(補償)給付:障害が残った場合は年金か一時金を支給
- 介護(補償)給付:介護が必要な場合はその費用を支給
- 遺族(補償)給付:亡くなった場合は遺族に年金か一時金を支給
上記のとおり、労災保険にはさまざまな給付があり、手厚く保護されます。業務時間中だけでなく、通勤中の事故なども対象になります。
失業した場合、雇用保険から一定期間給付金を受け取ることができる
雇用保険は失業したときや育児・介護で休業したとき、教育訓練を受けたときなどに給付を受けられる制度です。
雇用保険の対象になるのは、「所定労働時間が週20時間以上」かつ「31日以上雇用される見込み」の労働者です。前述の労災保険と違い、雇用保険の保険料は事業主(勤務先)と本人の双方が負担します。
雇用保険は給付の種類が多く、たとえば以下のとおりです。
【雇用保険の給付内容の例】
- 基本手当(失業手当):原則として、給与の50~80%程度を90~360日間支給
- 再就職手当:基本手当の対象者が早期に再就職したら、基本手当の60~70%を支給
- 教育訓練給付:所定の資格取得講座などの受講費の20~70%を支給
介護や育児休業を取得する場合に受け取れる給付金もある
失業したときやスキルアップしたいときだけでなく、介護や育児で休業するときにも雇用保険から給付があります。
- 育児休業給付金…育児休業(育休)中の給与の約67%(181日目以降は約50%)を支給
- 出生時育児休業給付金…「産後パパ育休」を取得したときに給与の約67%を支給
- 介護休業給付…介護休業中の給与の約67%を支給
出生時育児休業給付金は比較的新しく創設された制度で、おもに男性が対象です。
企業保障について確認しておくべきポイントは?

会社員や公務員などの場合、勤務先が福利厚生の一環で用意している保障(ここでは企業保障といいます)を利用できる可能性があります。
企業保障の内容は、勤務先によって差があります。また、自営業者など雇用されていない人には原則としてありません。
生命保険など私的保障を検討する際、企業保障のどんな点を確認しておくべきか解説します。
退職金制度や企業年金の有無と概要を確認して老後の保障を考えよう
老後の生活を大きく左右する可能性があり、必ず確認しておきたいのが「退職金」の有無と金額です。多額の退職金が受け取れる企業もあれば、退職金制度自体が存在しない企業もあります。ちなみに、退職金制度がなくても違法ではありません。
また、「企業年金」の有無もあわせて確認しておきましょう。老後にいくら受け取れるかがわかれば、どれくらい資金の準備が必要か予測しやすくなります。長期的な資産形成や民間の年金保険等への加入を検討するうえで役立ちますので、勤務先の就業規則などをチェックしてみましょう。
死亡退職金や遺族保障の有無と概要を確認して死亡保障を考えよう
生命保険(死亡保険)の加入を検討するなら、死亡退職金(死亡による退職によって発生する退職金)や遺族への保障の有無も把握しておくとよいでしょう。これらの内容も、勤務先によって大きく異なります。
保障がまったくない人と、1,000万円受け取れる人とでは、生命保険で用意しておくべき金額が大きく変わってくるでしょう。
私的保障を考えるうえで事前に確認しておくべきポイントは?
最後に、過不足なく私的保障を用意するために確認しておくべきポイントを、順を追って解説します。
既に準備できている保障を把握しよう
上述のとおり、公的保障や企業保障などいくつもの保障がすでにあります。民間の保険に入っていなくても、完全に無防備というわけではありません。
まずは自分がどれくらい守られている状態なのか、社会保障や加入中の保険、貯蓄などを確認して把握しておきましょう。
「不安だから」とよくわからないまま保障を手厚くすると、保険のかけすぎにつながるため、避けたほうがよいでしょう。
万が一の際にいくら必要なのか調べておこう
続いて、もしものときにどれくらいお金がかかるのか、できるだけ具体的な金額を調べておきましょう。たとえば医療保険やがん保険を検討するなら、万が一、がんになった場合にかかる費用や入院日数の平均値を調べるなどは必須です。
かかる費用から、既に準備できている分を差し引けば、追加でいくら準備すべきか(どれくらい保険に入るべきか)の目安がわかります。
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万が一のことが起こらなかった場合にも目を向けよう
保険を検討する際は、病気やけが、死亡など「万が一」ばかりに目がいきがちです。しかし、健康で長生きした場合は大丈夫か(長生きリスク)という視点も大切です。
長生きするということは、退職後に大幅に収入が下がった状態で、生活費がかかり続ける期間が長く続く可能性があるということです。晩年にお金が尽きてしまうことがないよう、資金計画を練っておきましょう。
複数の方法を比較検討しよう
将来に向けて安心を得るための方法は、1つではありません。
いくつかの保険を比較して検討するほか、「保障=保険」という考えに固執せず、貯蓄や投資商品などほかの資産を活用することもあわせて検討してみましょう。
金融商品に限らず、生活習慣を改善して病気を予防する、いざというときに頼れる人を見つけておくなどの対策も有効です。
公的保障や企業保障を補完する目的で私的保障を考えよう

将来が不安だからといって、かかる費用の全額を私的保障(民間の保険など)で用意する必要はありません。
国が用意している公的保障や、勤務先の企業保障を考慮して、まずは貯蓄で補うことができないか検討してみましょう。そして、貯蓄では足りない部分を私的保障で補うようにすると、保険の無駄を最小限に抑えられるでしょう。
保険加入を検討する際は、まず自分がすでに加入している社会保険の内容を確認するところから始めてみてはいかがでしょうか。
- 出典:日本年金機構「2023年4月分からの年金額等について」